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中国のクリスチャン。

先日は某カリスマ派教会で礼拝を捧げました。

そして礼拝の後でDVDを見ました。

「十字架-イエスは中国におられる-」です。

共産主義の中国で迫害にあいながらもイエスキリストを証し、中国各地で家の教会を立て上げている中国のリバイバルの状況を映したDVD。

逮捕され、暴力を受け、耐えない迫害の中にあって「彼らは何も知らないのです」というイエス様の御言葉をそのままに口にし、嘆くのでも不満を述べるのでもなく、十字架のイエス様の苦しみを思い、主へ感謝し伝道し続けるクリスチャン達。

同じところにとどまるとすぐに捕まってしまうので、各地を転々としながら伝道し、洞窟や地下室で主を賛美して礼拝を捧げています。命がけの礼拝、命がけの伝道、すべてを尽くして主の御言葉を伝え続けていました。

ほとんどが農民であり、素朴な生活を送る地方の村々にあって福音を聞き、純粋な信仰を燃やして、真っすぐイエス様を見つめて歩んでいます。

それまでは田畑を耕していた彼らが、今度は御言葉の種をまき、人びとを刈り取り、多くの救いの実りを得ています。


「わたしについて来なさい。あなたがたを人間をとる漁師にしてあげよう。」
イエス様はペテロたちにそう話され、弟子とされました。

まったく同じ姿で、イエス様は中国の農民たちを、人を刈り取る農夫とされています。迫害を受け、牢にいれられながらも、ひたすらに福音をのべつたえる主の弟子たちです。

いま、この世界で、生きるイエス様の弟子の姿を見る事ができて私は幸せだと思いました。

彼らの姿が本当に美しいものだと思いました。
尊い宝のような人びとだと感じました。



彼らが涙でとりなしの祈りをする姿が衝撃的でした。彼らは真剣に中国を神様があわれんでくださるように祈ります。泣きじゃくりながら、隣人を思い、国を思い、中国全土に福音が伝えられ、神様の国になるように本気で祈り続けています。

隣人に対する愛、あわれみ、とりなし、国に対する愛、、自分には無い姿でした。

私には彼らのように、隣人に対する愛やあわれみは無く、他人の滅びに対して無関心な姿があります。日本という国に対しての救いの情熱も薄く、皆無と言っていいほどです。

私は種を蒔くのではなく、自分で食しているだけの怠け者の僕です。


私は主のあわれみも、隣人に対する愛も何も知らないんだと思いました。

主が人びとをあわれむ、そのあわれみを感じたいと祈りました。
迫害するものをも愛する、その愛を感じたいと祈りました。


イエス様が十字架で見せてくださったにも関わらず、私はいまだに、その愛を自分のものとしていないのです。

主のあわれみと愛によって私は救われたのに、まだ十字架を遠く見上げているようです。

彼ら中国の兄弟達は、十字架から福音を語っています。


ヨハネ12:24
「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば多くの実を結ぶ。」



彼らの姿は、まさに主が中国の地に蒔く福音の種です。自分に死ぬからこそ御言葉は生きて働き、主イエスキリストが現れます。

すべての収穫は一粒の麦から。だからこそのリバイバルなのでしょう。



中国で主のいのちが燃えています。


感動と衝撃と、自分の姿を改めて知らされるDVD。

見てください。
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