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闇の中の光。

主の貧しさは地上のどんな豊かさにも勝る。





私たちは貧しさ、飢え渇き、足りなさに苦しみ絶望する。

信じる私の身がなぜにこれほどまで惨めなのだろうかと。


痛みはなくならず、問題は尽きることが無い。
理不尽に出会い、悪感情につまづく。


なぜだろうか。



なぜこんなにも満たされないのか。

どうすればいいのか分からず、分からないまま歩く。

暗闇だ。死んでしまいたくなる。
闇がまとわりついてくる人生。

どこまでも重く重く、ねじ伏せられる。

光がとどかない深海の底に沈むようだ。




しかし、私は知っている。



そこにおられる方を。
自らどん底に足を踏み入れた、奇跡の方を。



その方は、天の光のうちにいることが出来たはずなのに、どん底にいる私たちを救うために、自ら降り、すべての苦しみを受け、闇の中を歩まれた。


届くはずの無かった深海の奥底に光が降って来た。


息も出来ず、苦しんでいた私にとって、その光はまさに命にあふれる奇跡をみるようだった。

これまで見えなかった、自分がいる世界がすべて明るみにだされた。




その方は光であった。死に至るまでも。
その死によって、信じるすべてのものに命の光が燃え移った。


ああ、だから私も行くのだ。絶望の淵へ。
誰かを救う、世の光となるため。


私自身が光なのだ。





どうしようもない絶望の淵をいくとき、まさに底知れぬ穴に落ち込もうとするその瞬間、私は主にあって輝く。



どこに進もうとしても真っ暗で、歩くことさえ無駄だと思える絶望の中、私は主にあって、一歩を照らす。





主の貧しさは地上のどんな豊かさにも勝る。

その通り。


その光で照らせぬ闇は無い。
なぜなら、その光は闇の果てを越えたから。

死を越えて昇る太陽。




私の苦しみ、痛み、孤独は、すべて、主の歩まれた道のり。
光として歩んでいる証。



信じよう。





私はいま、苦しみの中にいる。
貧しさ、飢え渇き、足りなさに苦しみ絶望する。

惨めで、痛みはなくならず、問題は尽きることが無い。
理不尽に出会い、悪感情につまづく。


しかし、それでも、私は神様を愛する。



何にもかえがたい愛を受けたから。


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