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なぐさめよう。

会社で飲み会があったよ。

文字通り、会社の職場で。デスクが並ぶ中で。

長く働いてきた先輩が、今日はちょっと飲みたいということで、職場で飲んだ。

今日は課長がいなかったので、その隙に、まあ、特別に。

この会社は忙しくて、みんな夜9時とか10時とかまで残って仕事している。

息抜きにそれぞれ仕事を一休みして少しつまみながらおしゃべりをしてビールとか、ジュースとか。

私は飲まない。お酒は必要ないタイプです。

その先輩が言うには「今日は疲れてな、ちょっと飲みてぇんだよ。なんかみんなとおしゃべりしたくってさ」

ちょっと疲れちゃったんだね。慰めが欲しかったのね。

誰かと何かを共有したい思いがあったのでしょう。


同じ時間を、せめて会社の同僚とでも。

実際、ひどく疲れた時には、無性に誰かの慰めが欲しくなる。私も一緒です。

誰かに話を聞いてほしい。
疲れたねといたわってほしい。
頑張ったねと抱きしめて慰めてほしい。

そんな思いが湧いてくる。くる。

寂しい。

先輩もそう話していた。

そうだよね。

寂しいよ。

私たちも人の手を必要とする。

心を打ち明け、互いに寄り添い、支え励まし祈りあえる相手。

主という素晴らしい信仰の師だけではなく、一緒に学びあう旅の仲間が私たちには必要だ。

私たちは旅行者であり、人生とは天の家に帰るまでの旅であるというね。



喜びの声を全地に降り注ぎ、暖かな笑顔を育てる太陽も、闇の中で咲く花に慈しみ深く静かな笑みを浮かべる月も、天の子供たちの笑顔を移す満天の星々も、すべて私たちの旅の友である。


創造の美しい業に栄光あれ。



自然という親しい友もあるが、同じように肉の体に根をおろした人間の友が必要だ。

神様のことを話しあえる人っていいね。
「神様ってすごいね」って喜びあえる仲間がいい。

真実を包み隠さず、私を取り扱ってくれる信仰の友は、素晴らしい神様からの贈り物だ。

彼らは神様の癒しの力を知っている。



神様を知らない人たちは、本当に慰められる経験をしていない。

いのちの底まで癒してくださる方を知らない。
心の隅にある寂しい場所を訪れ、優しく触れてくださる御手の力強さを経験していない。

だから、友に対する慰めも、人間的な制限ある慰めにしかならない。

神様によらなければ慰めは不完全であり、誘惑の手にもなりうる。

人の愛は不安定。気分によって左右する。

神様の愛。

それは動かざること山の如しだ。

崩れることが無い。

信頼できる方がいるというのは素晴らしい恵み。


水を与えるよりも、水を湧き出させる業。

信仰の友はそれを知っている。


良い友でありたいね。
世界に広げよう、神様の和。


というわけで、早く帰って寝たいと思いつつも先輩方の輪に加わり、あれやこれやと思い巡らして、カキピーをぽりぽり、ジュースを飲んでいた私でした。



なぐさめをください。
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