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こわい神様。

旧約聖書の神様はちょっと受け入れられない。

そうもらす方がいた。


たくさん殺すから。

ひどくて読むのが難しいと仰る。

そう。たくさんの人が死んでいく。

でもね、神様がそれを喜んでしたと思う?

神様は愛するために人を創られた。

愛の世界でともに生きるために。

喜びが一杯だった。

でも、人が神様から離れてしまった。

神様はなんども人を救おうとされた。

何度も、何度も。

そんなことしなくてもいいのに。

なぜ。

愛しているから。

どうしようもなく愛しているから。

神様は私たちを捨てない。


その神様が殺さなければならない。

そこには理由がある。


神様は祝福の道を歩くようにと民を導いてこられた。

神様に従う祝福の道と、世に従う呪いの道。

あなた方は祝福の道を進むように。神様はそう願っておられる。

しかし、人は、自分から呪いの道へ行こうとする。

見えない未来の祝福ではなく、見てきた過去の安定を望む。
神様が進ませようとする場所ではなく、自分が留まりたい場所にしがみつく。

その結果。変わることを恐れ、新しいことが出来なくなり、思い通りにいかず苦しみ、恨み、不平不満を言い、ついには神様を否定し、自分の正義を振りかざす。

神様はそれを何度も戒めてきた。

私たちの幸せのため。

神様の言葉通りに生きることが私たちにとって、最も幸いなことだから。


しかし、人は自ら滅びの道を選んだ。
神様に従い、祝福されることではなく、自分自身に従い、呪われることを。

人はそれを望んだ。

どんなものでも、なにをしようと救う、それでは信じるということが無になる。
信仰が無価値になり、神様がいてもいなくても一緒になる。


神様を信じる者がいる。

どんな状況に置かれても、困難が襲ってこようと、神様が示す道から目を離さない者がいる。

苦しい状況の中でも希望から視線をそらさない、神様の約束を信じ愛することをやめない。

彼らを守らなければならない。

ともに罪の世界を脱出してきた仲間が、信仰を失い、神様を冒涜しはじめる。
世の楽しみにふけり、堕落した道へ誘う。親が、兄弟姉妹が、友が、隣人が、子が、愛する者が。

影響されずにいることがどれだけ難しいことだろう。
私たちの信仰は思っているより弱い。
彼らを救うつもりが、知らないうちに引きずられて闇へと一歩を踏み外しそうになる。

神様は信仰者を守られる。

そのために、多くを犠牲にしなければならないとしても。

なぜなら、全世界の救いはその少人数が担っているから。
未来の救いのために彼らを守らなければならない。

いま、この地に生きるクリスチャンは、神様の厳しい決断により、生まれた。

私がいまあるのは、神様が心を裂く思いで、人々を導いてきたから。

堕落する人を見て、一番苦しんでいるのは神様だ。

愛する民をその手で滅ぼさなければならない。これほど悲しいことがあるだろうか。

厳しい決断をされた神様の愛によって、いま私たちは救われている。

神の子の犠牲は簡単なものではない。


私もよく神様を恨み不平を言う。
ひどく落ち込んだ時には四六時中だ。夢の中でも神様に背く。

神様の事情を知らず、約束された祝福も未来の希望も見ず、恐れ、目の前の不満をぶつける。そのような私を見つめる神様の思いを考えようともしない。

すべては祝福のため、約束の地へと導くため。

人は神様を裁く。
自分勝手な理想を掲げて。

神様はすべてを見ている。
私たちには計り知れない世界がある。
そのことを受け入れなければならない。

唯一の真実。

神様は私たちを愛している。変わらずに。
それを前提に世界を見るとき、すべては恵みに変わる。

愛の内にすべてがある。

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